完璧な人といると何か堅苦しい

完璧な妻を演じようとする女の心の底にあるものは何だろうか?
おそらく完璧な妻を演じることによって夫を束縛しようとすることである。

「私はこんなにもあなたに尽くしています。あなたは私に何をしてくれますか?」
ということであろう。
強迫的に尽くすのは愛情を求めているからであろう。

多くの場合、夫も子供もこの完璧な妻、完璧な母に反論できない。
とにかく相手は完璧な妻、完璧な母なのだから。文句のつけようがない。

しかし夫も子供もこの完璧な妻、完璧な母と一緒にいると何か堅苦しい。
一緒にいても楽しくない。逃げ出したい。しかし逃げ出す理由が見つからない。

その人が一緒にいて気が楽か、自由を感じるかどうかは、その人の無意識の問題である。
その人がどんなに社会的に立派な人であっても無意識の部分で相手を束縛しようとしている限り、
こちらはその人と一緒にいても気楽ではない。

完璧な妻を演じようとしている奥さんは、完璧な妻を演じることで
自分にも夫にも何を隠そうとしているのだろうか?

それは束縛願望、依存心、自己無価値感などである。
そして完全な妻を演じることの裏では相手に愛情を強く求めている。

心の底に隠すものを持っていない人は完璧な人間を演じようとはしない。
完璧な人間にこだわらない。普通にしている。

それに最も恐ろしいことは完璧を演じようとする奥さんは
夫や子供に秘かな敵意を抱いていることである。

立派な主婦が必ずしも幸せというわけではない。
お互いの弱点を受け入れあっていつまでも夢のある男と女でいることが幸せなのである。

男と女は、こうあるべきという規範にとらわれないで、もっと自由に考え
自由に行動しているほうが幸せなのである。