敵意と愛情が心の中で葛藤している時には心を開きようがない

心理的に成長した人は、いつも憂鬱な顔をしている人を見ると
「なぜ、いつまでも憂鬱な顔をしているのか?」と不思議に感じたりする。
あるいはそのような暗い顔をしている人を避ける。

いつも憂鬱な顔をしている人の憂鬱の原因をたどっていくとその人の
自己蔑視とか、依存性とか、その人の本質的な部分にたどりつく。

これはちょっとやそっとのことで解決できるものではない。
つまり憂鬱の原因はなかなか取り除けない。どんっ(衝撃)

そこでいつまでも憂鬱な顔をして不機嫌にしているしかない。
憂鬱な顔をしている人は助けを求めて悲鳴を上げているのである。

しかし、それを人に表現することができない。
憂鬱な顔をしている人は心を閉ざしている。手(パー)

なぜならその人の心の中に愛と敵意という矛盾した感情が共存しているからである。
敵意だけでも愛情だけでも人は心を開く。

しかし敵意と愛情が心の中で葛藤している時には心を開きようがない。
愛情表現をしようとすると敵意が障害になる。
敵意を表現しようとすると愛情要求が障害になる。

仕方なくそういう人は心を閉ざしている。
相手が心を触れあおうとしても触れあえない。

よくケンカしながら親しくなっていくということがいわれる。
対立しあいながら人は親しくなる。それは両方とも心を開いているからである。exclamation

しかし、世の中には対立できない人がいる。ケンカもできない人がいる。
無限に受け入れられたいと願いながら敵意を抱いているからである。

そのような人が心を閉ざしてしまうのである。
依存性の強い人はどうしても矛盾した願望に苦しめられる。