仲間はずれにされるのが恐い
よく忙しくて「大変だ、大変だ」と騒いでいる人がいる。
見ていると確かに忙しいのだが、はたからするとそんなに「大変だ、大変だ」と
グチをこぼすくらいならやめればいいと思うことがよくある。
考えてみると、実はその人にとって「大変だ、大変だ」と騒いでいるのは、
そうしていることが精神的に一番楽だからである。
「私は忙しいから、それをするのは嫌です」とハッキリ断るよりも、
引き受けることのほうが、肉体的に辛くても精神的には楽なのである。
相手との関係が壊れることが、その人にとっては辛いのである。
やってくれという要求を断って、相手の期待にそむくというのは精神的に辛い。
なぜなら関係が壊れるかもしれないからである。
多少肉体的に厳しくても、相手の期待にこたえて尊敬されたいと思う人は多い。
期待にそむいてイヤな奴だと思われたり、悪口を言われるのが恐いのである。
それぐらいなら肉体的に辛くても、ということになる。
若い頃には、周囲からそんなに仕事を頼まれることもないだろう。
しかし、ノーと言わなければならない時もある。
こんなことはしてはいけないと思っていることを、同僚に誘われてノーと
言おうにも言えないということがあるだろう。
仲間から仲間はずれにされることが恐いからである。
でも仲間はずれにされることが恐くて、何かを不本意ながらやると、
そのやったことでよけいに仲間はずれにされることが恐くなっているのである。
喉が渇いて塩水を飲めば飲むほど乾くみたいなものである。
多少気まづくても、ノーと言わなければいけないと思った時は、ノーと言うほうが後で気が楽になる。