やさしい習性は、時に災難を招く

人生には「この人に出会わなければ、これほど苦しまなかったのに」と
いう人との出会いがある。そうした無念の時がある。
でもそういう人と出会うのが人生である。

しかしその時には自分が出会った素晴らしい人のことを思い出して自分を慰めるしかない。
自分に災難を持ってくる「その人」と出会ってしまうのは、時には避けられない運命である。

親切心から、あることに「イエス」と言ったがために大きなトラブルに
なることがある。その時に「イヤだ」と言えば良かったという後悔がストレスになる。

その人に会ったことが不運。出会った人がまずかった。
それでも、めげてはダメ。人はそれで病気になる。

人を世話して、その人から裏切られるということはよくある。
世話する方に、人を見抜く力がなかったということでもある。

人を世話する時には相手の人柄を見てしなければ世話したことが災難を招く。
世話好きで悔しい思いをする人は多い。

相手を見ないですぐに人に親切をする人はたいてい酷い目に遭っている。
自分のやさしい習性が災難を招くということがいくらでもある。

冷たい人ならトラブルが起きないということがある。
誠実でやさしいから人間関係のトラブルが起きる。

しかし、やさしくなければ生きている意味がない。