優しい笑顔が消えていく

人は時に自分の特徴を忘れる。自分の長所を忘れる。
ある人は優しい笑顔が長所であり、それがその人の財産である。
それを守ることがその人の価値であり、人生の武器である。

しかしそれを忘れて権力闘争に参加し、消耗し、やつれ、いらだち、心が荒んでいく。
財産を得、名誉を得、権力を得ても、その人の価値である優しい笑顔が消えている。

その人は成功したときに全てを得たようであるが、じつはすべてを失っている。
確かに普通の人よりも名誉を得たかもしれない。財を築いたかもしれない。

しかし周囲の人の心は、その時にすでにその人から離れていることが多い。
人がその人を慕っていたのは、その人の笑顔にある優しさだったのである。

彼は何もないときに一緒に食事をした人が、それを嬉しく思うような人柄だった。
それに彼は気がつかなかった。

それが自己蔑視の恐ろしさである。
そして彼は名誉を得たいと思い、人を蹴落とし、自分が優位に立ちたいと願い、
闘い、優しい気持ちを失った。

彼の人柄が変わった時に、人はもう一緒に食事をして人柄にふれても感激をしなくなった。
何か利益になるから、彼と一緒に食事をするだけである。

人は自分の持っているものの価値に気がつかない時がある。
その時が自己蔑視のスタートの時である。

自己蔑視の時は人生で道を間違える可能性が高い。
彼は自己蔑視に苦しみながら自分は皆から尊敬をされたい、好かれたい、
愛されたいと思った。そしてそれを得ようと頑張った。

しかし実は彼はその時に既に望むものを持っていたのである。
望むものを持っていると気がついていなかっただけである。

実際に持っていることと、持っていると実感していることとは違う。
彼は自己蔑視をしていたから名誉が欲しかった。
それが一番彼の心の傷を癒してくれたからである。

そこで彼は、周囲の人もまた自分と同じように名誉を望んでいるかと錯覚した。
彼が名誉を得れば、周囲の人は彼と接して嬉しいだろうと錯覚した。

もし彼が自分自身名誉ではなく優しさを求めていたら違った。
彼はその時に望むものを既に手にしていると気がついただろう。

自己蔑視がそれに気づくのを妨害した。
彼自身が名誉を望んでいたから彼は自分が既に望むものを持っていることに
気がつかなかったのである。

神経症は自分の感情と願望を意識することが不活発であるという。