幸せな人間は他人をもてあそんだりしない

心に葛藤のある人は、他人を操ろうとする。
そして自己喪失した真面目一方の人間は、操られやすい。

この二者の出会いによってもたらされる悲劇は、世の中に絶えない。
自己喪失した真面目人間は、真に受ける必要のないことを真に受けてしまう。

彼らは真に受ける必要のない期待や要求を真に受けて、それを忠実に実行しようとして傷つく。
対人関係において、自分が真面目であるように、相手も真面目であることを予想する。

絶えず演技をする欺瞞的な人間の言うことなど、真に受ける必要などないのに、
真に受けないとその人を失ってしまいそうな不安を持つ。何から何まで真に受けて
しまうのである。

真面目に受け取らねばならないことと、真面目に受け取る必要のないこととの
区別ができる人は、自己喪失していない人であろう。

そういう人が、本当の意味で真面目な人なのである。
真面目さの中で自己喪失した人は、この区別ができない。

ただ真面目さの中で自分を見失っているから、「今回の件で大変なことになった、、。」
と自殺したり、欺瞞的な異性に弄ばれたりするのである。

真面目さの中で自分を見失っている人は、自分も他人も見えていないのである。
それは真面目さとも他人とも距離を失っているからである。