才能は忍耐が育ててくれる

決断ができないから辛い現状に耐えているというのでは、忍耐は美徳にはならない。

忍耐の「忍」の字は心に刃物と書く。それくらい厳しいものである。
目的を持った忍耐ならいい。ただじっと不満な現状を耐えていることには意味がない。

今の状況が嫌なんだけれども、忍耐のみというのは生きるための才覚がない人である。
現状維持のための忍耐は、受け身を表しているに過ぎない。受け身の忍耐は死ぬまで続く。

決断や目的があるから忍耐には意味がある。
辛いこと悲しいことを超えるための忍耐、時期を待つ忍耐、
挫けそうになるのを耐える忍耐、目的達成のための忍耐、そういう忍耐が人生には必要である。

決断と忍耐は同じコインの表と裏である。

忍耐は知恵のある人間の忍耐でなければならない。
誰にでも才能はある。才能は種である。忍耐が育ててくれるものである。

何かを生み出す才能は、どの人でも必ず持っている。
ただ自分の創造性に気がつかないだけである。その創造性を花咲かせるために忍耐が必要なのである。

ではなぜ決断ができないか。自分の行動基準がないからである。
自分の行動基準が分かっていれば選択に際して決断はできる。

自分にとって何が大切か分かっていれば決断ができ、二度と繰り返せない人生を悔やむことも少ないであろう。

決断できないのは自分が信じているものが分かっていないか、
信じているものがないのである。また責任を逃れようとしているのである。

決断の前には意志とか価値観がある。そして決断したら、あとは実行あるのみである。