自分が自分に何を感じているかにばかり気をとられている
親に愛されなかった人は、現実の相手が現実の自分に満足しているのに
相手は自分に満足していないと感じてしまう。
親の無意識の支配から解放されることが、現実に触れる第一歩である。
非現実的なまでに理想的な存在でなければ、他人から責められると
感じてしまっている人がいる。
しかし、自分を責めているのは自分であって相手ではない。
支配的な親に所有された人は、親の無意識にある敵意と恐れを
自分のもののように錯覚してしまっている。
そして自分にやさしい気持ちで接してきてくれる人にさえ心の底で敵意と恐れを感じてしまう。
そんな人は、相手を通して自分の心の底にあるものを感じているだけである。
相手の存在そのものを実感しない。だから相手の優しさを感じられないし、なぐさめられない。
自分の周囲の人に優しさがないのではなく、自分に優しさを感じる能力がないだけである。
相手が今、自分に何を感じているかを理解することである。
心の不安定な人というのは、相手を通して自分が自分に何を感じているかにばかり気をとられている。
猜疑心の強い親に育てられた人は、大人になっても他人は自分を常に疑っていると感じてしまう。
そこで、絶えず他人に向かって自分の正しさを証明しようとする強迫を感じる。
他人は自分を信じているのだから、何も言う必要がないのに、必死で弁解する。
親に信じられている子は自分を弁解しない。
現実に自分の心を投影し、それを現実と思っていた、そう気づけば再生できる。
現実を見ているつもりで、観ていたのは自分の心の底だけであった。
そう気づけば、人間は再生できる。
そうすれば、困難と闘う気力も出てくる。物事に挑戦的になれる。