やさしさは素直さから生まれる
トラブルが生じたとき、自分の側の原因を認めることはつらい。悔しい。
誰にでもできるわけではない。
相手を憎んでいれば、何でもかんでも相手が悪く思えるだろう。
しかし自分の側の原因を認めるから、人は成長できる。
たとえば自分の劣等感、自分の嫉妬心、自分の敵意など、自分の過ちを認める。
相手が憎らしいと思っているときに、これを認めることはつらい。
仲のいい人と何かあったときに、自分の側の過ちを認めることは何でもない。
しかし憎んでいる人との関係で、自分の側の原因を認めることは試練である。
どうしても相手が悪いとしか思えないというのが通常である。
しかし自分の側の原因を認めることで、心理的に伸びる。成長する。
欲求不満な人達はその憎しみの感情に正面から直面して、正直に自分を
認めない限り、人間関係でどんなに努力をしても報われない。
人は正直に自分の欲求不満を認めたときにやさしくなれる。
やさしさは素直さから生まれる。やさしい人は相手を認めることができる。
素直になれば、相手を理解することもできるし、相手を許すこともできる。
離婚の場合には、原因はどっちもどっちということが多い。
片方が悪いとしても、そもそもそんな人を選んだのは自分なのである。
ひどい人と結婚してしまったときも、私に人を見る眼がなかったと、
どこかで自分の過ちを認める人の方が、幸せになれる。
離婚に至ったときも、そう思えば離婚することで幸せになれる。
ときに、親が子供を殺害したり、子供が親を殺害するという事件を目にする。
そこまで憎しみあう気持ちも分かる。
関係が近ければ近いほどプラスの感情もマイナスの感情も激しくなる。
聞いてみれば双方それなりの言い分はあるだろう。
しかしそこまでどんでもない子供を育ててしまったことに、やはりどこかに
親の責任はある。親にも原因はある。逆の場合でも同じである。
人は不幸であれば不幸であるほど、自分に原因があるということを認められない。
その一方、人は幸せであれば、何か望ましくないことがあったときに、自分の責任を認めることはできる。