謙虚さも真剣さも的外れ

人は自己蔑視してしまうと、相手のほめ言葉を素直に受け取らなくなる。

友人に「今日の服、よく似合ってるね」「髪型変えたの?いいね」
と言われても「口が上手くなったわね」と嫌味を言う。

恋人に「好きだ」「キレイだね」と言われても「誰にでもそんなこと言ってるのでしょう」と嫌味を言う。

こういう人は、内心では虚栄心が強い。だから、そのように誉められたことが内心では嬉しいのだけれども、
それを素直に信じ、表現することができない。

いくら誉めても嫌味な言葉が返ってくる。それでいながら、誉め言葉を強要してくる。
それは自己蔑視した人は心の底でそれが信じられないので、その誉め言葉を確かめたいのである。

実は何度も何度も言ってもらいたい。信じられないけど信じたい。
そこでしつこくその言葉を言わせようとする。

そのようなやり取りがいつも行われた結果、相手はさすがに嫌気が差してくる。
相手の長所を真面目にほめて「お世辞が上手いわね」と言われて、不愉快にならない人はいない。

相手を自分から離れさせたのは自分の嫌味な言葉であると思わない。

人は自信がなくなると、相手の言葉を真剣に聞かなくなる。
相手を傷つける態度をとりながら、それに気がつかなくなる。

それは人生の態度全般に真剣さがなくなるからである。

人に自分をよく見せようとする防衛的真面目さはあるが、相手のことに真剣に耳を傾けるというようなことや、
相手の立場に立ってものを考えるということができなくなる。

自分のメンツを失うまいと、そればかりを考えるので、相手のことを考えるゆとりがないのである。

そして自信がないから、うまくいかないと笑いでごまかすことが多くなる。

謙遜も真剣さも、的が外れてくる。
それは真剣というよりも真剣な「ふり」だからであり、謙遜も謙遜な「ふり」だからである。