悔しい感情を出せれば、気持ちは落ち着く

うつ病になるような人は幼い頃から、我慢する役割を背負わされてきた。
家族の中で不当な負担を強いられた。

彼らは優しさと弱さをあわせ持つがゆえに、家族の歪んだ構造の中に組み込まれた。
それ以後、家族以外の集団に身を置いても、そういう損な役割を
背負ってしまう。学校でも会社でも地域社会でも。

逆にどの集団にも自分の負担から逃げる人がいる。
自分の負担から逃げて、他人に負担を背負わせる。

どこの組織にも、他人を犠牲にして甘い汁を吸う人がいる。
彼らは目ざとく、優しくて弱い人を見つける。

そして、そういう人を食い物にして生き延びる。
要するに、家族にも学校にも会社にもずるい人はいる。

うつ病になるような人は、家族の中で身についた心の習慣が、
どの集団の人と接していても出てきてしまう。

そして、そのずるい人達の負担を背負いながら、心身共に消耗し力尽きてしまう。
そうした幼い頃からの長い屈辱の歴史の果てに、うつ病になる。

そして大事なことは、そうした幼い頃から我慢ばかりを強いられた結果、
コミュニケーション能力がなくなったことである。

人と心をふれ合わせることができない。人を心の底で信じることができない。
幼い頃から利用されてきたことを、心の底の、底では知っている。

人とコミュニケーションする能力がないから、そこから脱出する
糸口が見つけられない。

ますます孤独になり、ますます耐えることでしか事態に対処できなくなる。
まさにうつ病になるような人は、どうにもできない状況で生きてきたのである。

コミュニケ-ション能力があれば、自分の感情の出し方も分かる。
悔しい感情を出せれば、気持ちも落ち着く。人格も安定する。

またコミュニケーション能力があれば、人とふれ合えるから孤独ではなくなる。
そうすれば心底淋しいということはなくなるから、耐えることではなく、人を捨てることができる。