条件がそろったらやるというのは無力感を正当化する理屈にすぎない

仕事のできる人は建設的な観点から考えはじめる。
仕事のできる人はハッキリと分かるまで自分の困難を大層なものと
思い込まない。

ところが世の中には健康であるにもかかわらず病気の観点から
考えはじめる人がいる。

確かめもしないで自分の困難を克服できないと思い込む。
このような人は、どんなに計算に強くて頭が良くても、仕事はできない。

難しそうに見えるけれども、実際にやってみたらなんでもないと
いうことはいくらでもある。

あるうつ病の本に出ていた実験である。
うつ病の学生を集めて、「これから試験をします」と言った。

するとみんな「試験を受けられません」と言ったという。
試験問題を見ないうちにである。

うつ病者が集まったらどんなこともできないことになってしまう。
できないというわりには、いつまでもそのことにこだわっている。
自分の否定的心象を確認しているだけである。

仕事のできる人、つまり積極的な考え方のできる人は、できないとなれば
もっとスッキリとしている。諦めも早い。

みんなで議論をはじめる前にはできる可能性が高かったのに、
議論をしているうちにどんどんできる可能性がなくなっていくということもある。

それはそこに集まった人の心象が否定的、消極的ということである。
物事が難しいのではなく、そこに集まった人達の心の葛藤がそのことを通じて
そのように表現されているということなのである。

自分の心の中の葛藤や、不安や、無力感を正当化する発言の続く会議というのもある。
なんでもないことが大変なことになり、簡単なことが複雑なことになっていく。

そして時には単純に処理しようとする人が無責任と非難されたりする。
企業の中で仕事のできる人というのは心の中に抑圧のない人である。