あきらめようにも、あきらめきれない

うつ病者は、所有と喪失をめぐって心理的に動く。所有することで安心し喪失に脅える。
彼らは、喪失を認めることができない。

何とかして取り返そうとし、いつまでもその喪失に執着する。
それは、お金の喪失であろうと、恋の喪失であろうと、時の喪失であろうと同じである。

しかし、うつ病的でない人は、あきらめが早い。もう取り返しのつかないことはあきらめる。
いつまでもそれにこだわって、さらに大切なものを失わないようにする。

しかし、所有と喪失をめぐって動くような人は、
あきらめが早いというわけにはいかない。あきらめようにも、あきらめきれない。

とうしようもないことと頭の中では分かっていても、
気持ちがそれについていかない。

その喪失を気持ちが受け入れることができず、いつまでも執着する。
自我の弱い者は、その所有によって自我を補強していたのである。
それだけに喪失は単なる喪失ではなく、危険ですらある。

何とかして、取り返そうと努力して、取り返しのつくものはよい。
しかし、この世の中には取り返しのつかないものが多い。
しかし、それを認められないので、いつまでもこだわり続けるのがうつ病者なのである。