嫌われるのが怖いからストレートにものを言えない
人生が確実の行き詰まる生き方が一つある。
それは、みんなに嫌われないようにすることである。
みんなに嫌われないようにするには、常にみんなの気持ちを害さないように
気をつけなければならない。
これを言ったら相手は気分を害すると思えば、そのことは言わない。
これを知りたいが、これを聞いたら、この人は怒るのではないかと思えば、
これは質問しない。
しかし言いたいことはそのまま心の中に残るし、聞きたいことはそのまま心の中に残る。
日々不満は積もるばかりである。
不満が積もれば当然、敵意も出てくる。その敵意も吐き出せない。
喧嘩もできないのだから。
相手が好意を持ってしてくれることのなかにさえ、いちいち敵意を感じるかもしれない。
その人とは話したくなくなるのは当たり前である。
人を誤解すればコミュニケーションはできない。
長い時間をかけて話していれば、お互いにわかるというものではない。
コミュニケーションができないで、誤解をする人はますます孤立することは避けられない。
しかし本人にしてみれば、「自分は相手のためにこれだけ我慢をした」という
気持ちになる。
言いたいことも言わず、聞きたいことも聞かずに、相手の気持ちをおもんばかって
我慢に我慢を重ねて過ごしてきたと当人は思う。
それなのに全てがうまくいかない。物事は予想した通りにはいかない。
相手は期待したように動いてはくれない。
褒めてくれると思ったら、貶された。認めてくれると思ったら、冷たくあしらわれた。
遠慮をしたら優しくしてくれると思って遠慮したら、無視された。
嫌われるのが怖いからストレートにものを言えない。
そこで仕事は思うようにはかどらない。
家庭も仕事もうまくいかなくなる。
頑張っているのに何もかもがうまくいかなければ、気持ちは腐ってくる。
そうなれば近い人々にますます敵意を持つしかなくなる。
敵意をもっても、まだ言いたいことが言えない。
聞きたいことが聞けない。それは嫌われるのが怖いから。
そして心身ともに消耗してくる。欲求不満で無気力になる。