分かりやすい人間関係と分かりにくい人間関係

人間関係には分かりやすい人間関係と分かりにくい人間関係がある。
何か疲れる人というのがいる。

何も失礼なことをしていない。頭にくることは言っていない。
むしろ、言葉は丁寧である。

しかし、何だか分からないけど、心の中に不愉快な感情を誘発される。
そういう人は決して相手に直接的な攻撃をしていない。

しかし、裏に隠されているメッセージは批判、攻撃、要求なのである。
「あなたさえ幸せなら、私はそれでいいの」と言っている。

しかし、その言葉で相手の心を束縛する。その言葉の奥には敵意が隠されている。

表の言葉は、「あなたさえ幸せならば、私はそれでいいの」である。
しかし、その裏に隠されている意味は、
「私さえ幸せならば、あなたはどうなってもいいの」である。

だが、言うほうも言われるほうも、そのことに気がついていない。
気がついていないけれど、何となく相手に素直になれない。

相手といると、なぜか気が重い。
束縛されているほうは、相手から攻撃されているのだが抗議しにくい。

攻撃的な人は、相手を直接攻撃する。
したがって誰にも分かりやすい。強い人なら戦える。

しかし自分の中の敵意や攻撃性を隠して、相手を束縛し、
いじめようとする人は、外から見て分かりにくい。