基本的に人が嫌い

情緒的に未成熟な親は、子供の自然な成長を待てないという。
つまり親は自分の内面が不安であるから、その不安から行動してしまう。

そして子供がやるべきことを、先回りしてやってしまう。
そして自分はいい親、立派な親と錯覚している。親も子供も錯覚する。

その立派な親の正体は、不安な親、憎しみにかられている親なのである。
世の中にはこういう親がたくさんいる。

こういう親の場合、たいてい自分がさせたいことを子供にさせている。
お稽古ごとも、親が子供にさせたいお稽古ごとの場合がある。

水泳でもピアノでも何でも、お稽古ごとから疲れて帰ってくると、
かばんを取ってあげる。自分を世話する立派な親だと思い込んでいる。

こういう親は子供を誉めない。
そして自分のさせたいことを子供にさせるために、子供をおだてる。

しかし子供が頑張って、例えばバレエを練習してうまくなっても、子供を誉めない。
「あれだけお金を出したんだから当たり前でしょう」という考え方である。

誉めると「私の力でこうなった」ではなくなってしまう。
そこで、なかなか子供を誉めない。

子供を誉めない親ばかりでなく、一般的に人を誉めない人は
心理的に問題のある人である。

女性同志が「あの人綺麗になったわねー」と言っても、
「そうかしら」と、誉めない。「何か外国人になったみたい」と言う。

誉めない人は自己蔑視しているから、人を誉められないのである。
誉める時には自分の素晴らしさを示す時である。

相手との自然な会話の中で誉めるということはない。
要するに、人を誉めない人は相手とコミュニケーションするつもりはない。