善意は決して悪をなし得ないという幼稚な考え

自分が面白いことでも他人にはつまらないかもしれない。
自分がつまらなくても他人には面白いかもしれないという、
お互いの相違を認めたがらない人がいる。

そして自分と違うことは冷たい人、悪いことになってしまう。
人間は理解し合うのが困難だとは認めない。

情緒的に未成熟な母親は、
だいたい自分の子供の心はわかるという前提に立っている。

だからこそ時々、子供が意外なことをやると「我が子ながらわからない」と
嘆いたりする。「我が子ながらわからない」という驚きは我が子なのだから
わかるのが当たり前という前提があるからである。

生みの親でなければいま子供が何を望んでいるかが黙っていてはわからない、と
得意になっている母親がいる。

子供が親に適応していく努力は全く無視され、自分は全てわかっていると思うのである。
そしてこのように他人はすべてわかると信じている人間ほど、
他人は自分をわかってくれないと嘆くのである。

「母親の気持ちがあなたなんかにわかりますか!」となる。
黙っていても子供はわかる、そう誇る母親はやがて、
「母親の気持ちがあなたにわかりますか!」となる。

自己中心、独り善がりで感情的未成熟なのである。
こういう人間は「好き」であることと「愛する」ことが同じであると
信じているのである。好きになると愛していると錯覚する。

自分は善意で親切心からやったんだと自らの行為を
正当化しようとする女子高生のような母親も多い。

自分と他人が異なる以上、たとえどんなに善意でやったことでも他人に
迷惑になることはある。この自分がはたして相手を助けることが
できるだろうか?という疑問がないのである。