自分に都合のいい情報だけ受け入れてはダメである

無責任な人は、責任ある人と接することを嫌がる。
自分に当たり前の責任を要求してくる人を嫌がる。

責任ある人は、責任ある言葉を吐く。
相手にただ良い顔をするわけではない。手(パー)

それが心理的に幼い者にはきついのである。
彼らはただ自分をチヤホヤしてもらいたい。

その人をまともな大人にしてあげようとしている人と
付き合うのは、心理的に幼い者にとっては辛い。ふらふら

 

心理的に幼い者は厳しい現実から目を背けたい。
そうなると、責任ある人と接するのが嫌である。

そして現実から逃げている自分が受け入れやすい情報を受け入れる。
自分の無責任さを許してくれるような情報を受け入れて、
まともな情報には心を閉ざす。どんっ(衝撃)

だから、自分をまともな大人に育ててくれようとする人についての
悪口は嘘でも何でも本当のこととして信じる。

 

しかし、自分に都合の良いことを言ってくれる人の嘘は、
証拠を見せて嘘だと説明しても、嘘とは信じない。手(パー)

つまり、どのような情報に対して心が開かれているかと
いうことが違ってくる。あせあせ(飛び散る汗)

「こんなことをしていると、将来、大変なことになる」というような
種類の情報には、心が開かれていない。

それに対して、「今のように無責任な態度を取り続けていても、
将来は大丈夫だ」というような情報には心が開かれている。

つまり、「時代が変わるから、あんなことを勉強していても意味がない」
などの情報があれば、それは信じる。